温故知新(古きを訪ね新しきを知る)  〜日蓮聖人追孝之遺蹟〜
日蓮聖人は今から733程前(1274.5.17)53歳の時に
身延山に入山し鷹取山のふもと西谷に草庵を構え法華経の読誦と門弟たちの教導に終始し
9年の永き歳月をへて旧庵を廃して堂宇を建築し自ら久遠寺と命名されました


翌年、病身を養うため、そして両親の墓参に向かうため下山します しかし途上で倒れてしまいます
           ”いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候” 
日蓮の遺言どおり遺骨は弟子の門弟により身延山に心霊とともに祀られました
またロープウエイで観光できますが久遠寺の裏には急勾配の身延山がそびえています 
歩いても2時間30分かかる山道を御聖人は毎日、毎日、登り、生まれ故郷の常陸の国(茨城県)に
向かい両親を思い親不孝をお詫びし追善供養をされたそうです  
そして”我は日本の柱とならん” と心に刻み4本の杉をお手植されたそうです
今でも700余年の風雪に耐え一部こそ崩落しておりますが,しめ縄を巻き大事に保護されています
頂上にはその親を思うと言う事で奥之院 思親閣が祭られて香がたかれていました 
         〜南無妙法蓮華経

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